2016年02月19日

’74 Sleeping Bag


この時代には既にMoD お抱えのCQC のプリントがされているカバーにくるまれたスリーピングバッグ


年末年始にかけて異様な暖かさで1月中頃から急に寒くなったり。先日は前日が夏日、翌日真冬日で気温差が20度近いという、世界経済と同様に乱高下しています。寒がりでは人後に落ちない私は極楽な布団から出るのに毎朝の様に格闘しております。そんな冬の日、分けても殊の外、寒い朝には雪の中で行われたFalkland の戦闘 に思いを馳せます。雪中行軍する有名な写真では背嚢にマットと寝袋が見て取れ、どえりゃぁ寒い中、戦争とはいえ大変だわなと今から34年前の兵士達に同情したりする訳です。私自身山をやっていただけにグランドシートはあったでしょうが、マットに直に伝わる雪の冷たさに眠れない兵士はいくらでも居ただろうと容易に想像がつきます。当時の防水技術なんて今とは雲泥の差ですから、あちらこちらで溶けた雪がコットン装備に染みこんでかなりの重さにもなったはずです。先日、東京の敬愛する友人にお願いして、中○商店で購入して送って貰った当時のスリーピングバッグが届きました。流石に経年劣化は否めないものの軍用だけにたっぷりと入った羽毛が想像以上の重さと一緒に実感できるものでした。これで漸くP58装備の大まかなアイテムが揃ったという感じです。手に入れるつもりは毛頭無かったのですが、かなりお安くなっていたのでついつい(^^;


フレームザックに満載の荷物を背負うRM兵士 当然軽い寝袋は腰辺りに持っていきます L1A1 はまさに " 愚か者の杖 ”



【左】寝袋に連結され展開すれば枕の下敷きにもなるカバー部分     【右】広げた寝袋の首辺りに縫いつけられた注意書きの書かれたNSNタグ


タグには1974年製造とあります。1974年と言やぁ・・・・・わたしゃ立派に半ば不良な高校生でございました。この一年後、サイゴン(現ホーチミン市)が陥落しベトナム戦争が終わる訳ですが、クラブ活動ばかりやっている脳みそ筋肉高校生の私は天然ノンポリでしかも適当に悪さをしつつ、のほほんと日々を過ごしていた頃です。サイケ、ヒッピーが世に繰り出し、ウッドストックやら映画キャンディやら原色がグルグルと渦巻き、嗅いだこともないマリファナや大麻の香りまでしていた(と思える)時代でもありました。北爆、枯れ葉剤、ナパーム等々おぞましいキーワードは後から言われた出したことで、こんな事はずっと後の映画、地獄の黙示録やプラトーンで知った人も多かったに違いありません。時は冷戦時代、ベトナム戦争を横目に見てよもや自国領土内にアルゼンチン軍が攻めてくるとは思いもしなかった英国だったと思います。そんな時期に地味に英国の片田舎!?のCQCの下請け会社で作られたこのスリーピングバッグ・・・・・・同じラインで製造されたものが6年後の冬のフォークランドで使われていたのかも知れないと思うと冒頭の書き出し同様、感慨深いものがあります。




コンパクトな現代寝袋とはちょいと趣を異にしており展開するとかなりの大きさ 背中部分一面は防水加工のシェルが覆います



ファスナーは我らがYKK 製が奢られています



足・腹・胸部の三箇所には左右に配してあるトグルとループで綴じる様にしてロールアップしやすくなっています



連結されているカバー部にロールした寝袋を入れ込んでいきます



ダッフルコート本場のお国柄の故か留め具はトグルですね



バッグに入れ込んだ後はこれまたトグルで綴じてしまえば、防水加工されたシェルのお陰で多少の雨にも寝袋は濡れない様になります


これでP58装備のMarching Order の基本組み合わせが出来るというものです









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